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scene くすぶる日々
第17話「あの頃の菊地」 |
菊地は席に座ると同時に長い足を組み、細身のジーンズのポケットから煙草を取り出した。
外見は変りまくっている中で、その仕草だけは変っていなかった。
長い指で煙草をスッと取り出す。
仕草、煙草の銘柄、くわえ方。そして、吸い方。
「やっぱり変ってないかも、な」
永川はうれしそうに菊地に言った。
店内のクーラーが気持ちいい。外のうだるような暑さを一瞬にして冷やしてくれる。
夏の夜。クーラーの聞いた部屋。ゴザ。タンクトップに、ハーフパンツに、うちわ。目の前には木製の円卓があって、その上にはうまそうな冷や奴がそっと置いてある。テレビにはプロ野球中継・・・・。
ビールが最高に合う、夏。
ある奴曰く、野外セックスしたくなる、夏。
今いるファミリーレストランの中、萩原の脳裏にはそんな彼の原風景とも言えるイメージが広がった。
懐かしい・・・・。
そう、5人が揃い、楽しさよりもうれしさよりも、萩原はまずなつかしさを感じていた。
「なんだよ、お前らは。さっきから変ったとか変ってねえとか。
それより、みんな、元気だったのか?」
菊地は笑顔で言った。
その声で萩原はハッと意識を戻した。
その言い方も、あの頃の菊地と何も変わっていなくて、やさしかった。
菊地の声に萩原は感じた。
「みんなもうメシ食ったんだよな。おれ、腹減ったよ。
すいません、オーダー」
菊地は大きな声で店員を呼んだ。
何が違うのか? どこが違うのか?
発する言葉はおれたちみんなと何も変わらないのに・・・・。
菊地がいると、空気がやすらかになっているのを萩原は感じていた。そして、それがとてつもなくうれしかった。
みんな菊地の存在を求めている。
それを証明するかのように、菊地が加わることでそれまでの場の空気は一気に熱く変っていた。
高校を卒業した後、菊地がずっと考えていたことは好きな音楽を追求していくという、これからの将来へ向けた輝かしいだろう時間ではなく、人が死ぬというスピリチュアルな問題だった。
高校卒業式の直前、けいこと島田の赤ん坊の死があった。そして、思い返してみれば、中学の時に同級生の死があった。
人が死ぬということが菊地にはいまいちよくわからなかった。それは死というものをリアルに感じることができない、と言った方がわかりやすいかもしれない。
悲しいかと言えば、確かに悲しい。でも、それだけじゃなかった。
また、自分の死に対する不安や恐怖感を感じていたわけでもなかった。
心が、頭がどこかへ飛んで行って、まるで自分のもののようじゃない気分になっていた。
高校の卒業式を終え、音楽の専門学校の入学式までの2週間、いつもなら家の中にいるより兄貴のバイクを勝手に拝借してぶっ飛ばして外に遊びに出ている時間の方が長い菊地が、ほとんど外に出なかった。
寝て、起きる。少しメシを食って、また自分の部屋へ戻った。それしかしたくなかった。
同じ専門学校に行く永川が、新しいベースを新調するためにアルバイトにがんばっているのは知っていた。
「仲間ががんばっている。おれも何かやらなきゃ」
そう思い行動しようとするが、気持ちだけが空回りし、まったく行動に移せない。
頭が、心が、まるで自分のものでない。どこかぼーっとし、何かをやることに活力を抱けなかった。それが、当時の菊地に素直に表れていた。
何日間もずっとベットに横たわり、一切何もできなかった。
「人は何のために生きているのか? 人は何故死ぬのか?」
専門学校の入学式まで誰とも会わない日々の中で、菊地がそのことを考えない日はなかった。
「あいつらはどう思っているんだろう?」
そう考え、みんなに連絡を取ろうとしたこともあった。でも、実際には一回もできなかった。
「こんなこと聞けるかよ・・・・。意味不明じゃねえか・・・・」
4人からも電話や遊びの誘いがかかって来ることもなかった。
みんな、「会おうよ」その一言を言うことに恥ずかしさや照れを感じていた。
菊地は自問自答の日々を繰り返した。
そして、専門学校の入学式がやってきた。
永川があの日、専門学校の入学式の帰り、夕暮れの中の電車で菊地に言った言葉は聞こえていた。
「ごめん・・・・」
菊地は卒業ライブのずっと前から気付いていた。永川は自分たちがやりたいと思っているビジュアル系の音楽をやりたいと思っていない、ということに。
だから、遅そかれ早かれ、いつかこんな日が来ることはわかっていた。
本来、自分から永川に言い出してやるべきだったのかもしれない。大人な菊地はそうも思っていた。だが、もう半分の菊地の素直な気持ちは、永川と良、そしてモヒカンのドラムの4人でずっとやっていきたかった。
大人であった菊地も、まだまだ少年特有の素直な気持ちが前に出ていた。
卒業ライブまでバンドのことを一人不安に感じる日もあった。
でも、入学式の日永川から実際に聞いて、菊地はそんなに悲しくならなかった。
「わかったよ」
永川の気持ちに対して、そう素直に思っている自分もいたから・・・・。
あの2週間は死を考え過ぎたのかもしれない。
「人は何のために生きているのか? 人は何故死ぬのか?」
そのことを考えれば考えるほど、がんばるという気持ちや何かをやる活力が欠けて、抜け殻のようになっていた。
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