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third scene 友達の死
第11話「友達の死」

 最初に無惨な姿の加藤を見つけたのは加藤のお母さんだった。
 その日、加藤は「風呂に入る」と言ってから、一時間以上経っても出てこなかった。
 いつもなら30分もかからずにお風呂から上がって来てはすぐに、タンタンタン、と階段を駆け上がって自分の部屋に向かって行く足音が聞こえる。
「聞こえなかったのか」と、加藤の母は風呂場の横を通り過ぎ加藤の部屋へ向かったが、部屋には誰もいなかった。しかも、通り過ぎる時に母は風呂場でシャワーの音がしていたのを聞いている。
「でも、一時間以上も出てこないとなると少しおかしい・・・・」
 母は風呂場へ向かってドアをトントントン、と叩いた。

 シャワーの音は激しく聞こえている。返事はなかった。
 いくら息子だと言っても、もう大人。返事がないままに風呂場のドアを勝手に開けるのは少々抵抗があった。
「まだ入ってんのー?」
 何度言っても返事はない。次第にドアを開けるためらいは無くなり、風呂場で寝ているかもしれない、と思うと、すぐにドアのノブに手をかけた。
 隙間からシャワーの音と共に、真っ赤な血が視界に入る。

 加藤の母は事件から1週間経った今でも、身体の震えが引いていない。

 加藤が手首から真っ赤な血を大量に出して倒れているのを見て、加藤の母は叫んだ。
「あ、あ、あー!!!」
 居間でくつろいでビールを飲んでいた父が走って風呂場に飛び込んで来た。
「どうした!」
 白い湯気が立ちこもっていた中でも、加藤の手首とその姿はハッキリと見えた。
 母はシャワーに濡れながら、息子の加藤の身体を抱いて揺さぶった。
「あー! あー!」
 何か言おうとしていたのか、ただ彼女の口から発せられる言葉の全ては言葉になっていなかった。嗚咽が風呂場で鳴り響いていた。

 加藤の父は、立ったまま硬直していた。だが、我に返るとすぐに、「おい! 揺らすな!! 今、救急車呼ぶ!!!」と叫んだ。
 そんな言葉は母にはまるで聞こえていなかった。息子は死んでいる、医学的にではなく、彼女は母としてそれを感じ取っていた。もちろん、それは救急車を呼ぶ為に居間に電話をかけに行った父も同じだった。

 救急車のサイレンが静かな田舎町、霞町の夜の中で響き渡る。
 ピーポーピーポーという音がドンドン近くなって来る。

 救急車のサイレンの音・・・・。
 実際に救急車を呼んだことがない者にはわかりえない感覚かもしれない。これまで町で通り過ぎ行く救急車から聞こえていた音の何倍も大きく、そして、何倍も冷たく、痛く心に突き刺さる。

 母は呆然として、時折吐き気をもよおしながら、加藤をその腕の中に抱いていた。
 シャワーが出っぱなしのまま、その彼女の後ろ姿と、その腕の中に抱えられた白くなった息子をどうすることもできず、父はその二人がいる方向を心ここにあらずといった表情で見つめていた。

 ピンポーン、ピンポーン!!
 激しく玄関のチャイムが鳴った。
 救急車の音が止まり、風呂場近くの窓から赤い光が一定の間隔で入っていた。そんな中で、何回も玄関のチャイムが鳴らされたが、両親はまったく気付かなかった。聞こえていなかった。
 救急隊員がドアを開けて入り、両親それぞれの肩を抱いて、救急車に乗るようにうながされるまで、彼らはずっと気付かなかった。

 加藤の死は自殺。自殺イコール、変死であることから警察が介入して、最近の加藤におかしなことはなかったか、遺書がないかどうか捜査に入った。両親への聞き込み、また家族関係だけでなく、菊地たちにも事情聴衆は行われた。

「朝早く申し訳ございません。霞警察署の橋本と申します」
 警察からの一本の電話で、菊地は悲しすぎる、加藤の死を知ることとなった。
 加藤が自殺してから2日が経っていた。

「何だよ? 警察が何でおれに用事があんの?」
「お友達の加藤さんのことで少し聞きたいことがありまして」
「加藤? あいつ、なんかやったのか・・・・?」
 橋本の返事に少しだけ間があった。
「ご存じないですか?」
 橋本は加藤が自殺したとは言わなかった。
 警察は自らあまり多くを語らない。言葉だけで真実を引き出そうとする、言葉の駆け引きのプロだ。もし、加藤の自殺に菊地が少しでも関係していれば動揺するかもしれない、という思いも持っている。
「何を? あいつ、なんかやったのか?」
 菊地は少し焦り気味に言った。
「最近、加藤さんにいつ会いましたか?」
 橋本は話をすり替える。
「おい、おれの言ってることに答えろよ。あいつ、なにかやったのかって聞いてるんだ」
 菊地は興奮気味に言った。
 しばらく間があって、橋本は言った。

「加藤さん、2日前に自殺されました。警察としては変死ということで関係者の方々に事情を御聞きしております」
「何? 加藤が自殺?」
 菊地は電話口の橋本が何を言ってるのか理解できなかった。
 当たり前だ。2週間前、一緒に遊んだ友達が自殺なんて言われてもピンとくる方がおかしい。
「はい」
 橋本は先ほどよりも少し小さな声で言った。菊地の気持ちを察したのだろう。
「何なの、お前? 誰よ?」
 加藤が自殺、加藤が自殺、加藤が自殺・・・・。
 菊地はその言葉を聞いてから一秒ごとに頭の中が白くなっていき、身体がこわばるのを感じ始めていた。
「私は、霞警察署の橋本です」
「んなこと聞いてねぇ!
 何なんだよ、お前は! おれに何しゃべってんだ!!!」
 菊地は自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。
 膝がガクガクと震え始めている。喉が急激に乾き、頭が鉛のように重たくなった。
「お気持ちはお察しいたします。
 ですので、また後日でいいので、加藤さんについて変ったことがなかったか電話いただけないでしょうか?」
 橋本のセリフを聞いてる内に、菊地の全身は震え出した。
「菊地さん?」
 橋本の耳には、電話口から「フッ、フッ、フッ」と意味不明な、菊地の歪な呼吸音しか聞こえなかった。
「菊地さん、大丈夫ですか?」
 橋本は少しおかしくなっているかもしれない菊地の身を案じて言った。
「・・・・、あぁ・・・・」
 菊地がそう言った後、電話はすぐに切られた。

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