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third scene 友達の死
第13話「ただ生きてるだけでいい」

「おれ、大人になれない。一人で生きれない」

 加藤が遺書で書き記した言葉。
 式場を後にした4人の頭の中には、何度も何度も加藤の声でその言葉が繰り返された。
 大人になれない、一人で生きれない・・・・。
 4人は一緒にいるようでいなかった。それぞれが一人の世界に入っていた。
 歩きながらいつの間にか、4人は3人になり、2人になり、やがてそれぞれは1人になっていた。
 ただ、みんな同じことを考えていた。

 高校を卒業してからの加藤の寂しさを考えていた。
  それを考えるのは、容易かった。
 それぞれみんな、自分も大人になっていく寂しさをずっと持ち続けていた。
 けど、4人にはそんな中でも大人の楽しさはあった。
  萩原は世界に旅へ行ったり、自分の好きなことをやってきた中で多くの素晴らしい時間、うれしさを感じてきた。良だって友達が羨むほどのかわいい女と付き合ってきた。永川もバンドをやって多くの者が感じることができない、人の前で自分の気持ちを曝け出すということをやってきた。菊地だって、夢は諦めたが、愛する彼女を持ち、仕事でも多いに期待されていた。
 そんな中で、加藤には何一つ楽しいことはなかった。
 そこが4人と加藤の明確な違いだった。

 簡単に言えば、4人はくすぶり続ける人生の儚さを「抜く時間」を持っていた。

 普通の恋愛もしたことがなければ、大学でも、バイトでも誰ともしゃべらなかった加藤にとって、大人の社会には存在場所がなかった。
 加藤は何もかも一人でやっていくことが多くなる、大人の社会に適応できなかった。


 世界で日本にしかない、世界が羨む日本の秋の素晴らしい景色は4人の視界には少しも入っていなかった。

  菊地は加藤の自殺を知ってからずっと仕事を休んでいる。
 加藤が自殺して一週間後の葬式が終わった頃から、仕事場の同僚や上司たちから「いつになったら来るんだ」と言われているが、まったく行く気になれない。辞めるとか、クビになるとかいうことさえも、全く考えられなかった。
 一日のほとんどの時間をベットの上で費やしている。部屋のカーテンは四六時中閉まりっぱなしだった。
 食事時、母親が呼びに行っても返事すらない。ただ、母親も「何故、返事がないのか、部屋から一歩も出てこようとしないのか」はわかっていたから、一度呼ぶきりで、後はノータッチだった。
 部屋の前に、お盆に乗せた食事を置き、「食事、置いてます」とだけ小さく言い、居間へと降りて行く。
 菊地の耳にその母親の言葉は聞こえていた。母親が階段を降りて行く音が聞こえると、菊地はそんな母親の背中にそっとつぶやくように、「ありがとう」と小さな声で言った。

 加藤の葬式があってから、2週間が過ぎていた。
 菊地は本当に部屋から一歩も外へ出る気がしなかった。目の前の自分の部屋のドアを開けることさえもしたくなかった。しかしそれでも、さすがに2日に一回は空腹感に気付き、ドアを開けて母親が用意してくれたご飯を手にし、食べたが、それ以上のことは一切していない。
 カーテンは閉まりっぱなしで、部屋の電気はずっと消えたまま。
 こんなにも引きこもったことは生まれてこのかた一度たりともなかった。

 菊地はベットにうつむくように横になり、時折涙を流しながら、加藤との思い出ばかりを思い出していた。
 加藤が自殺するほどの寂しさ。一人で生きられないと書いていた遺書。
「何故、おれたちがいるのに・・・・」
 菊地はそう思うと、涙をこらえきれなかった。
「何でだ・・・・、何でなんだ、加藤・・・・」
 最後に会った、1ヶ月前の地元の神社での祭りでの加藤の顔を思い出す。
「生きててくれよ・・・・。寂しくても、ただ生きてくれてるだけでいい・・・・。
 生きてなきゃ、どうすんだよ・・・・。
 おれがずっと思っていた思いはどうなる。
 おれはみんなの側にずっといたかったんだ・・・・」

 これまでの身近かにあった死が教えてくれた、男女関係のない、愛する人のそばにいたい、という思いは、現実にはできなかった。
 菊地があれほど思っていた思いは、叶わなかった。

 嗚咽する声が外に漏れないようにするように、菊地は枕に顔を埋めた。
 肉体的に、精神的に、菊地は全てで限界にきていた。

 閉めているカーテンの隙間から、わずかな光が差し込んでいた。
 そんな当たり前のようなことに、加藤の死後3週間が経ってから、初めて気付いた。これまでずっと今が、朝なのか、昼なのか、夜なのか、何時なのか、なんて考えもしなければ、意識すらできなかった。加藤のことを考え、泣き疲れ、倒れるように眠る以外、何もしていないどころか、何も目にすらしていなかった。
 もしかしたら、この時まで菊地の中では時は止まっていたのかもしれない。現実は3週間が経っているが、菊地の中では、まだあの日の警察から電話がかかってきた日だったのかもしれない。
 菊地はカーテンの隙間からこぼれている一筋の光を見つめていた。
「加藤・・・・」

 暗闇の中でうっすらと見える、その菊地の表情はまるで修行僧だった。無精髭が生え、頬は完全に痩けている。くぼんだ目がジャングルに生息する飢えた獣を連想させる。
 一粒の涙が鼻筋を通った。通った涙は口元を通り、菊地の手のひらにポトンと落ちた。
 そして、菊地は無意識にこう言っていた。

「夢なんかなくても生きていける。けど、友達との時間、愛する人との時間・・・・、愛がなければ生きていけない・・・・。
 加藤・・・・、加藤・・・・」

 流す涙以上に、そんな思いが募っていた。
 菊地は流れ出て来る涙を振りきしるように、目をギュッとつむった。

「加藤・・・・、こんなにも悲しくさせたお前が教えてくれた。けいこと島田の赤ちゃん、そして、中学の頃の同級生の女の子が教えてくれた・・・・。
 大切なのは、ただ生きることと愛する人との時間だけだ・・・・、なぁ、そうなんだろ、加藤・・・・。
 つらいよ、苦しいよ、おれ・・・・。何でみんな生きてねえんだ、死ぬんだよぉ!」

 けいこの赤ちゃんの死と同級生の死からわかっていたことだったのに、加藤を自殺させてしまった自分にどうしようもない怒りが込み上げてきた。
 菊地は部屋の壁を思い切り力強く握った拳で殴った。
 ドン!!
 部屋が揺れた。棚にあった小物がグラリと落ちた。

「みんな死ぬな! 生きろ!! 生きててくれよ・・・・」

 菊地はもう一度壁を殴った。その拳からは血が滴り落ちていた。

 夕暮れ時。秋の大きな太陽は山の向こうに沈みかけている。
 切ない冷たい風が吹いていた。

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